あべの眠眠

 「あべの眠眠」でギョーザとレバニラとビール。以前は、ただでさえいかがわしい商店街あべの銀座の、すごい路地裏にあった店だったが、再開発で表通りに移転してすっかり健全な(でもないか)店になった。
 眠眠は、王将と並んで(でも決定的な「何か」が王将とは違う気がする)「どこにでもある中華料理屋」だと思うのだか、「あべの眠眠」がまだあべの銀座にあった時代に「水野真紀の魔法のレストラン」で紹介されていたときにはびびった。テレビ的にいいのか、眠眠で?眠眠ですよ?
 まあ、それくらい「何か違う」雰囲気ではあったし、さすがに路地裏にあったときは、ちょっと一人で入るには勇気がいったかも知れない。今の店はたまに顔を出す。「天王寺眠眠」も近くにあるけれど、私はあべのの方が好き。ビールセットあるし(笑)。移動したばっかりなのに、結構汚いし。ちょうどいい無愛想加減がなかなかよい。それに「あべの眠眠」には、すばらしく手際のいいおばちゃん(もちろん無愛想)が一人いて、見ていて楽しい。会計や水くみから、ご飯盛ったりスープいれたり、コックに皿を渡したりが、抜群の間合いでされていて、しかもなんか強そう。(私が思うところの)いい店には、かなりの割合でこういう「一見下働きみたいだけど、この人がいないと店がまわらないんだろうなー」みたいなおばちゃん(おねえちゃんではこうはいかない)がおっさんに混じって一人(たくさんは困る)いると思う。
 やっぱり、本当は路地裏にあった時代に行っておけばよかったと思う。余談だが、同じく移転した「グリルマルヨシ」は、あべの銀座の雰囲気は絶対に取り戻せないと思う。本当にもったいない。
 新聞に、大阪市都市整備局長が「阿倍野の再開発は若干無理のある事業だった」「収束させつタイミングを逃した」と発言したとあった。60年代から始まった再開発で、最後まで残ったあべの銀座がなくなったのが、つい2、3年前。風景も、もしかしたら誰かの人生も変えてしまった「再開発」で、未だに更地の阿倍野を見て暮らす当時の担当者は、どんな気持ちがしてるだろうか。「始める」ことより「やめる」ことの方が、勇気がいることがある。
 私が「いいな」と思うものが、消えていくことは悲しい。でもそういうことは、昔からたくさんある。
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by bag-tentomusi | 2009-06-24 01:14


「知彩庵」より。日々の咀嚼と、紡ぐことば


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