瀬戸内を走る

 北九州にて受けたいと思っていた講習会があり(京都でもあったが、仕事で行けなかった)、博多の祖母の家にも寄ることにして、参加することとした。

 せっかく時間もあるし、お金もないし、在来線を使って行ってみることにする。大阪から山陽本線を使えば、12時間で到着する予定だ。

 まだ学生だったとき、憧れの東京へ行くのに在来線をよく使った。東海道線は東京から熱海あたりまでや、名古屋周辺は乗客が多くて、あまりのんびり感がないのと、名古屋から大阪までが琵琶湖をまわるために近いようで遠くて、大抵は(復路は)大垣あたりでへこたれて来るのが常であった。
 今回、10年越しとは言え、山陽本線を使うのは初めてのことだ。

 前日、遅くまで友人と飲んでいたため、「もう、新幹線で行っちゃえば?」という内なる誘惑に何とか勝利して起床。自宅を8時前に出発。
 まずは、大阪発9:04発、姫路行きに乗車。姫路行きは所用で何度か乗っているので、珍しくはない。
 姫路は10:05着。播州赤穂行きに乗り換え、21分で牡蠣で有名な相生へ到着。この近さであれば、日帰りで牡蠣を食べに来る人が多数なのも納得である。
 相生からは10:29発三原行きに乗り換え。ここからフカフカだったシートの電車とはお別れ、直角の硬いシートの各停となる。三原に着くまで3時間の道のりだ。海沿いを離れて、山の中へと入っていく。不思議なことに、このあたりの山は何となく白っぽい山肌をしていて、その谷間を列車は走っていく。谷を抜けると、刈り入れの終わった田んぼが広がり、その両脇に山がそびえているという景色が、少しずつ様子を変えながら続いている。まだ午前中だ。お日様はてっぺんより少し低いとことにいて、夫婦が田んぼに出て作業をしている。「桃源郷だなぁ」と思ったのも束の間、あとは深い眠りの底へ引きづりこまれ、気がつくと正午。持参したお弁当をボソボソといただき、三原が13:23着。

 さて、三原駅では向かいのホームに止まっていた岩国行きへ走る。ここいらは「車内の温度を保つため」、扉は自動では開かないので、「よっこらせ」と開けて入る。久しぶりなので「手動かー、風情あるねー」と思うけど、まぁ、自分の田舎もそんなもんだった。開けっ放しにしておくと中の人が寒いのだ。13:27に出発。
 「岩国」と聞くと、さすがに遠いところへ来た気持ちになる。錦帯橋、それに基地の町。
 ここからは、乗客の言葉のなまりも変わり、いかにも港町な雰囲気の建物や、広い穏やかな河口が見えたりと、海が近いことを知らせてくれる。かつての繁栄は想像できるものの、何だか寂れた感じで寒そうな町々を約2時間、ボンヤリと眺めながら過ごす。

 岩国は15:34着。再び向かいのホームへ走り、新山口行きが15:36発。
 ここからの道のりが良かった。山を抜けたと思うと、左手には凪の瀬戸内と、大小の島影。列車は海と並行して走り、ときに海岸線ぎりぎりまで接近する。濃いエメラルドグリーンの海底の岩まで、列車から見える。
 16時をまわるとだんだんと陽が傾き始め、西の空を朱色に染めながら、太陽は海面に反射する。特に山口県に入ってからは工場も減り、遠くの島影が幻のように大小見えて、神秘的ですらある。
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 瀬戸内の海岸線はその昔、自然浜にずっと塩田が広がり、人々はそれで生活していたのだそうだ。ミネラルをたくさん含んだ「塩化ナトリウム」ではない自然塩は、高血圧などを引き起こさない。それが、塩の専売制がしかれ、塩田では食えなくなり、その土地は買い取られ、石油コンビナートが乱立し、それが高度経済成長を支えたと聞いた。代わりに病気の人は増えた。原発や米軍基地と同じ仕組みに思えてならない。

 今、瀬戸内には、ほとんど塩田が見られないけれど、それがずらっと広がっていた時代は、どんなだったのかなぁと思いながら、列車に揺られた。
 内海と島々が流れ逝く車窓は本当に楽しくて、景色は素晴らしかった。
 ここでの暮らしの多くが、豊かな瀬戸内の恵みからだけではもはや成り立たなくなっているということに、私たちは思いを馳せないといけないと思うし、経済成長の恩恵を受け、そんな社会の仕組みを「よし」としてきた自分たちにもその責任の一端が課せられているのだという自覚なしに、「きれーですね。守ってほしいですね」なんて言うのは、おそらく無責任だろう。
 それでも、この海にもう一基、原発を作ろうとしていることは、とても愚かなことに思える。


 海面を飛んでいるような気分になること2時間。新山口には17:34着。1分間で下関行きへ乗り換え。
 ここからは通勤や通学の乗客も増え、日没で車窓も見えなくなったため、思考にふけっては眠りに落ちるの繰り返し。
 下関18:41着。小倉行きが18:59発。
 小倉19:12着。荒木行きが19:29発。
 博多には、20:38の到着であった。

 旅のおともに一応は本も数札持ち込んだんだが、12時間、ほとんど車窓を見てぼんやりと考え事をしていた。いつものことである。
 景色や温度や臭いや出会う人々、自分の気持ちや身体の調子、そういうものたちの変化を、じっくりと舐めるように味わうことに、長旅の醍醐味はあると考える。 
 
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by bag-tentomusi | 2012-02-01 01:21


「知彩庵」より。日々の咀嚼と、紡ぐことば


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