北陸前夜

 退職後、時間があるのでこれまで行けなかったような研修や勉強会へちょこちょこ参加したりしている。
 いちいち所属を聞かれて「無所属」と答えるのに、少し居心地悪く感じながらも、組織を気にすることも名刺交換もない研修は、いいものである。

 この日は、所属する職能団体主催の研修会へ参加。
 「異質」とされるモノが社会の「安心」のためにどのように排除されてきたか、私たちは小さな「人権侵害」にいかに敏感でいられるか―。先輩たちの話は「基本」とされることばかりだったけれど、私がこの仕事に就く前に「面白い(という表現は不適切かも知れないが、私は「面白い」と思う)」と感じた感情そのままに、話を聴くことができた。
 

 これまで自分の時間と能力と感情のほとんどを注ぎ込んできた職場を離れてからしばらく、何となく「逃げたやろ」「弱虫」というささやきが頭から離れなくて、参った。離れたかったから離れたのであって、前向きな理由も後ろ向きな理由も付けるつもりはなかったのだけれど、それでもささやきは自分勝手に聞こえてきた。
 でも、この日の話を聞きながらふと「自分はバーンアウトしたんだな」と、素直に受け入れられたような気がする。
 
 3年ほど前にも、長くいた現場から異動を言われたときに「離れようかな」と思ったことがある。
 けれども異動の最後の日、皆が帰った後に自分の私物をダンボールに詰めようと思って引き出しを開けた瞬間、今まで出会った人のことがそれこそ走馬灯のように駆け巡って、涙が止まらなくなった。自分でも驚いた感情で、「あぁ、私、この仕事が好きなんやなぁ」と思った。そのとき、この感情には忠実でいようと思った。それは、これまでも今も、変わらないでいる。

 研修の最後に、グループワークと言う名の「感想とグチの言いあいっこ」みたいな時間があり、初めてそういう話を言語化してみた。ファシリテーターの先輩が「それがあなたの『価値』と言える部分だから、大丈夫だと思いますよ。また戻ってきてくださいね」と言ってくれて、なるほどこれが「価値」かと思った。 
 バーンアウトしたことは「カッコいい」ことではないけれども、「恥ずかしい」ことでもない。なのに、退職にもっともらしい理由をつけたかったのは、自分だったんだろう。

 研修の終わりに、先輩に飲みに連れて行ってもらった。 
 職場を離れて初めて、同業者の存在をとてもありがたく感じている。同じ窓から世の中を眺めている(であろう)仲間の存在に、救われている。自分がしてもらった親切は、いつか返せるようになれるといい。

 あったかい気持ちになりながら、夜行バスに乗り込む。
 明日から金沢。

    雪の金沢城公園。
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by bag-tentomusi | 2012-02-11 03:32


「知彩庵」より。日々の咀嚼と、紡ぐことば


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