『ヒロシマ・ナガサキ ダウンロード』と3.11

 3月11日。

 午前中、中ノ島公会堂での「さよなら原発 関西1万人行動」へ参加。
 福島県飯舘村で酪農を営んでこられた長谷川健一さんが、故郷の村が原発事故によって、どのように変えられてしまったのか、村人の生活から何を奪ったのか、どんな対応がなされたのかを、語ってくださった。
 午後は扇町公園で行なわれていた別の集会へ顔を出した後、友人たちとおしゃべりをしたりして過ごした。

 そして夜は、梅田の雑居ビルにある小さくて素敵なバー「ぽれぽれ」で黙祷をした後、映画『ヒロシマ・ナガサキ ダウンロード』の上映会だった。

 『ヒロシマ・ナガサキ ダウンロード』は、様々な理由から戦後、北米に移住した被爆者の方々の証言を、30歳の監督とその友人が訪ね歩いて集めたロードムービーのような仕上がりになっている。
 インタビューされた在米被爆者の方たちは、初めて体験を他人に話したという方も多い。その感情の波に圧倒され、体験を聴いた後にお互い「お疲れ」と声をかけあい、「よく頑張ったと思うよ」と慰めあう監督たち。聴いた体験に対して色々と説明を加えてみるのだけれど、それを「うまく理解できないことが悔しい」と涙を流す。
 正直なところ、在米被爆者たちが置かれてきた歴史的背景や、おそらくはあったであろう、かつての敵国に生きる葛藤に深い洞察があるわけではなく、ただただ「個人の壮絶な体験と溢れ出る感情に圧倒される若者」という印象から、脱することができなかった。
 ただ、彼らが最後に「今は言葉にしたくない」「これまで俺らは、言葉にすることで逃げてた」と語り合う。この映画の本質は、きっとこの部分に集約されているのではないかと、思った。
 在米被爆者の方の体験を集め、そこに「意味=言葉」を見出そうと意気込んで車を走らせた2人の若者の帰着点が、「言葉にしたくない」「言葉にすることで逃げてた」。-それは赤面しそうなほど青臭く、あまりに正直で、しかし好感の持てるものでもあった。

 広島と長崎に原爆が落とされてから7年間は米軍による厳しい検閲が敷かれ、原爆に関することはほとんど公にされてこなかった。その後、日本は高度経済成長へ向けてひた走っていく。そんな戦後の過程の中で、「原爆」が何であったか、「ヒバクシャ」の存在が何を語るのかを、聴き、語り、煩悶し、言葉を失い、自分たちなりに受け入れ、そして再び丁寧に言葉を紡ごうとする機会を私たちは持たぬまま、今日まできたのではないかと思う。そういう意味で、映画のなかの「彼ら」は「私たち」だ。
 簡単に見出された「言葉」は、実は思考停止(映画の言葉を借りれば「逃げ」)でしかない。モヤモヤとしたものモヤモヤとしたまま受け入れる-「気をもむ」覚悟と責任が必要なんだろう。
 
 3月11日。
 関西で何ができるかも分からず、ウロウロするだけなのは、1年間で変わらない。
 考えると辛く、モヤモヤとして、言葉が出ない。
 でも、そういう感情を自分たちのものとして引き受けて抱えながら、「わかりやすい言葉」に逃げることなく、前へ進むことが、亡くなった方たちへの追悼のようにも思う。
 
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by bag-tentomusi | 2012-03-12 03:46


「知彩庵」より。日々の咀嚼と、紡ぐことば


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