再びの、口上

 半年以上、ブログ更新が滞ったままになっています。

 ごくたまに「楽しみにしていた。」という声をいただいて、驚愕したり恐縮したりです。

 もともとこのブログは3年前、「書く」という作業をきちんとしていこうと思って始めました。ただの日記ではなく「私はこう考える」ということを、「文章」という目に見えるものに昇華させて眺めることが、後を見るためにも前を見るためにも必要なような、そういう気がして始めたものです。
 私の普段の仕事には守秘義務が課されているということもあって、「見たこと、聞いたこと」をそのまま書くことはできません。でも私は、私にたまたま与えられた「持ち場」の小さい窓から見える景色を、そこから社会はどんな風に見えるかを、例えば日々のニュースとか出来事とかに重ねて、せめて普遍的なものとして「語る」ことはできないだろうか。大きく言えばそういう気持ちでした。
 それで結局、そんな自分に課した宿題を前にして、すっかり縮こまっていたわけです。


 前回の内容が、東北へ行くところで終わっていて、「いつまで行ってるの?」とよく聞かれるので、その報告を少ししようと思います。これも、何度もパソコンの前に座っては、何だかどう書いたらいいのか分からないまま、放ったらかしにしていました。

 東北は、岩手県大槌町というところに滞在していました。大槌町は津波の被害がとても大きかった町として知られています。私が行ったときはすでに震災から1年以上が経過していましたが、本当に何も終わっていない、始まってさえいないという気持ちがしました。いまだに瓦礫処理の仕事があり、「ここに亡骸があります」というマークの上に「亡骸を処分しました」というマークがペンキで付けられたコンクリートが、生々しく突っ立っていました。
 一方で「復興食堂」と呼ばれる商店も出来つつあって、そこで昼食をいただいたり、ボランティアや地元の人たちで飲み会をしたりもしました。
 
 私が参加していたチームでは、支援物資の毛布を配る仕事をしていたのですが、震災から1年以上でまだ毛布を必要とする方がいるのかということに、まず驚きました。聞くと、仮設住宅には早いうちから支援物資が入ったのですが、自宅が浸水だけに留まった方や、希望して自宅に戻った方の元には物資が届かなかったり、あるいは遠慮してもらいに行けなかったりということがあるそうです。かろうじて助かったときの話を、涙ながらにしてくれた方もおられました。
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 仮設住宅の訪問もしました。忘れられない方がいます。

 1人は「寂しいから話を聞いてくれ」と事務所に何ども電話がある男性で、その日も頼まれて訪問しました。
 行くとすでに酔っ払っていて、ズボンもよれよれの状態で、直立不動で「よくいらっしゃいました!」と言って、招き入れてくださいました。震災のときも酒を飲んでいて、膝まで海水に浸かっているところを消防隊に助けられたこと。避難所に移ってから、行政の対応がなってなかったこと。「俺は、避難所でも酒、飲んでたよ」「今も酔っ払ってるけどな」と何度も言うので、あぁ、この方はきっと、それを後ろめたいと感じているのだろうなと思いました。
 事前の情報では、奥さんがおられたようですが、すでに1人暮らしの様相で、酒を飲んで行政の文句ばかり言っていて。でも私ともう1人の訪問者とで「せっかく助かった命なんやから、大事にしてくださいね。ええ話やから、また他の訪問の人来るから、今度は酔ってないときに聞かせて」と伝えると、寂しそうで、何度も引き止められて、ドアまで送ってくださいました。

 震災後、たくさんの人の関わりでお酒をやめている男性のところもうかがいました。震災前は、広い土地で1人で暮らしていたので問題が表面化しなかったようですが、震災で避難所に移ってからは、飲んで暴れる、仮設に移ってからも大音量で音楽を付けるなど「迷惑な人」となってしまったそうです。それから、保健師さんが来てくれるようになり、家族が来てくれるようになり、勧められた精神病院に入るのが嫌で、ぷっつり飲むのをやめたそうです。今は周囲からも人気者で、「3ヶ月飲んでないよ。みんながすごいって誉めてくれる。」と話されていました。長く彼に関わっている方は、「不謹慎だけど、彼は震災があったことで救われたとこ、あるんじゃないかな」と小声で教えてくれました。

 あと1人は、仮設の方ではないですが、飲み会の席でお隣になった地元の男性です。結婚してこの土地に移り、震災後は様々な活動を地元でされています。「これまでは、そういう(社会的な)こと、考えたことなかった。奇跡的に助かった命だから、世の中のために捧げたい」と話されていて、何だか鳥肌が立ちました。
 
 私はたった1週間ほど滞在しただけで、だからどうだと語れるものは何もありません。
 でも帰ってから、「美しい被災者」「(いかにも)かわいそうな被災者」ばかりがクローズアップされる度に、3人の方のことを思い出します。「権利には責任が伴う」とか「自己責任」とかいう恐い言葉を聞くたびに、3人の方のことを思い出します。
 善悪の彼岸で、万人に同じように与えられない「権利」など、「権利」とは言えないと思います。

 昨日は、所属する職能団体の勉強会へ行きました。
 「ソーシャルワーカーが社会運動をしなくなって久しい」との指摘がありました。本当にそうだと思います。

 転職をしてから、勉強会へ行くことが増えた気がします。
 とにかく恐怖心から、そうしています。
 気がついたら、何かロクでもないことに与しているのではないかと思うと、恐い。
 せめて自らの権力性に、自覚的でいたいと思います。
 もの分かり良くいることが、変に「おとな」でいようとすることが、それが「権力」になり得るのだと、自覚していたいと思います。
 衆議院議員選挙の日に。
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by bag-tentomusi | 2012-12-16 17:05


「知彩庵」より。日々の咀嚼と、紡ぐことば


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