おせち

 あけましておめでとうございます。
 
 今年は一応、おせちを作った。
 とは言っても、数の子、棒鱈、黒豆の「日数を味方につける」系のモノ達は断念。
 特に棒鱈は、ちゃんとしたのを買ってきて作りたかった。高価なものだけど、あの大きな鱈がカチカチに干されたのを再び戻して食すことに、果てしないロマンを感じさせるじゃないですか。と、理屈ばっかり言っても、たった1日で作成する突貫おせちだから、仕方がない。
 
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 一の重。
 ごまめ。たたきゴボウ。おなます。栗きんとん。きずし。赤梅酢れんこん。
 ごまめは、近所で世話になっている「玄米菜食レストラン+雑貨」の「暮らしや」さんで5%引きで購入したもの。しかし、暮らしやさんは徹底した「玄米菜食(ベジタリアン)」を掲げた店だ。なぜにごまめが置いてあるのだろう。暮らしやさん「年末でてんぱってて、間違って仕入れた。」と。「間違うか?魚やで?生き物やで?食べてええんか?玄米菜食とか嘘やろう(笑)?」と、散々毒づきながら、しかし間違ったにしてもさすがの目利き。とても良い品だった。
 暮らしやさんには1年間、お世話になった。スーパーも近くにあるし、私は別にベジタリアンではないけれど、「あれない?」「これ欲しいんやけど」「最近、調子悪いねん」等と会話しながら食品(主に地元の野菜)を購入できる店が近くにあるのは、とても有難いことだと思う。
 ごまめをフライパンで炒っていると、実家のひんやりした台所を思い出す。バタバタと慌しい中で、こういった「しん」とした仕事は大抵は私にまわってきた。「とにかく弱火でカラカラに」と言われ、ひたすら鍋をゆすり続けた深夜。
 おなますは子どものころからの好物で、正月だけ干し柿が入っていることに特別感があった。今回も、千早赤坂村で干された立派なあんぽ柿を、まるごと一つ入れる。料理本には「紅白なます」とか書かれているけれど、実家では「おなます」と、尊敬語にして呼んでいた。
 赤梅酢れんこんは、今年漬けた梅干の赤梅酢を使いたくて作ったもの。きれいなピンク色に染まってくれた。うちで「今年漬け込んだもの」をおせちに使ったのはこの赤梅酢だけだけれど、それでも、梅壷から大匙2杯をすくいながら、「1年の恵みをいただく」ような気分になったなぁ。大袈裟だけど。

 二の重。
 伊達巻。昆布巻き。くわい。
 おせちの好物、不動の第一位、くわい。くわいの旬は本当は、2月の旧正月なんだそうな。それにしてもなんで、正月時分しか出回らないんだろう。そして、何であんなに高いんだろう。あんなに美味しいのに・・・というくらい大好物。味とは関係ないけど、くわいの皮は、それはそれは絵画的な何とも表現し難い色をしている。
 昆布巻きも大好きだけど、ちょっと甘辛くし過ぎた。かんぴょうで昆布を巻く作業が、もはや料理ではなく工作である。だれがこんなこと考えついたんだろう。
 伊達巻は、市販品しか食べたことがなく、今回初めて作った。1回目は黒こげになった。今後、試行錯誤が必要だが、味は悪くないと思う。

 三の重。
 里芋、人参、竹の子、れんこん、しいたけ、こんにゃくの、お煮しめ。
 昆布と鰹節でたっぷりの出汁をとって、実家にならってすべての素材を別々の鍋で炊く。手間がかかるけど、素材の味にまじりっけがなく炊ける。「混ぜたらただの筑前煮♪」と思いつつ、出来た端から積み上げられるタッパーの山を見るにつめ、「大袈裟な煮物」という感じがハレの日っぽくて好き。

 
 もくもくとおせちを作りながら、いろんなことを考えた。考えた端から忘れるようなことだから、大したことではない。
 正月で思い出す風景は、不思議と、ずっと昔、ひいじいちゃんが生きていた頃、まだ小学校に上がるか上がらないかの頃の風景だ。
 本家は古い商家だったので、正月はすべての親戚が本家に集まって、殿様みたいに上座に座ったひいじいちゃんの前に家族ごとに正座して、新年のご挨拶を述べた。子どもたち同士ではしゃぐなんてことは全然なくて、子どももちゃんと、商売の序列の中に組み込まれていた。大人の男たちが商売の話に興じる中、寒い台所には婿養子のおじさんが、いつも冴えない様子で静かに座っていた。東大出の彼には営業力がなく、それはこの家で(陽の光を浴びては)生きていけないことを意味していたし、彼が家の中で歓迎されていないことは子どもの目にも明らかだった。でも他の親戚みたいにギトギトしたものがなくて、知性があって、何となく好きな人だった。
 そのうち、ひいじいちゃんは亡くなり、大きかったお家は震災で全壊した。おそらく「あんな面倒なことは辞めましょう」と誰もが気を利かせて、正月の集いもとっくにない。商売が傾いてからは、親戚と顔を合わすこともない。
 もしも誰かが「しきたりだから」と、頑なに召集をかけ続けていたら、何かが変わっていただろうか、とか、おじさんがまだ生きてたら、仲良くなれたかも知れないなとか、無責任に考えてみる。
 
 
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by bag-tentomusi | 2013-01-03 01:49


「知彩庵」より。日々の咀嚼と、紡ぐことば


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