<   2009年 06月 ( 9 )   > この月の画像一覧

梅ジュース

 b0180333_218419.jpg
上郡の農家に行ったとき、ちょうどなっていた梅の実を少しいただいて帰ったので、梅ジュースを作ることにする。
 実家には昔、立派な梅の木があって、毎年梅ジュースを作っていた。当たり前のようにあったのでどうやっていたか覚えていないが、確かはちみつ漬けだったと思うので、同様にしてみる。
 明日から、家に帰って瓶をのぞくのが楽しみ。

 マイケル・ジャクソンが死ぬ。
 今日、道ですれ違った高校生くらいの男の子が、「若いうちに成功しちゃうと、歳とってからああなるねんなー」と話していた。
 うーん。まぁ、そうかも知れませんけど・・・。  
[PR]
by bag-tentomusi | 2009-06-29 02:19

あべの眠眠

 「あべの眠眠」でギョーザとレバニラとビール。以前は、ただでさえいかがわしい商店街あべの銀座の、すごい路地裏にあった店だったが、再開発で表通りに移転してすっかり健全な(でもないか)店になった。
 眠眠は、王将と並んで(でも決定的な「何か」が王将とは違う気がする)「どこにでもある中華料理屋」だと思うのだか、「あべの眠眠」がまだあべの銀座にあった時代に「水野真紀の魔法のレストラン」で紹介されていたときにはびびった。テレビ的にいいのか、眠眠で?眠眠ですよ?
 まあ、それくらい「何か違う」雰囲気ではあったし、さすがに路地裏にあったときは、ちょっと一人で入るには勇気がいったかも知れない。今の店はたまに顔を出す。「天王寺眠眠」も近くにあるけれど、私はあべのの方が好き。ビールセットあるし(笑)。移動したばっかりなのに、結構汚いし。ちょうどいい無愛想加減がなかなかよい。それに「あべの眠眠」には、すばらしく手際のいいおばちゃん(もちろん無愛想)が一人いて、見ていて楽しい。会計や水くみから、ご飯盛ったりスープいれたり、コックに皿を渡したりが、抜群の間合いでされていて、しかもなんか強そう。(私が思うところの)いい店には、かなりの割合でこういう「一見下働きみたいだけど、この人がいないと店がまわらないんだろうなー」みたいなおばちゃん(おねえちゃんではこうはいかない)がおっさんに混じって一人(たくさんは困る)いると思う。
 やっぱり、本当は路地裏にあった時代に行っておけばよかったと思う。余談だが、同じく移転した「グリルマルヨシ」は、あべの銀座の雰囲気は絶対に取り戻せないと思う。本当にもったいない。
 新聞に、大阪市都市整備局長が「阿倍野の再開発は若干無理のある事業だった」「収束させつタイミングを逃した」と発言したとあった。60年代から始まった再開発で、最後まで残ったあべの銀座がなくなったのが、つい2、3年前。風景も、もしかしたら誰かの人生も変えてしまった「再開発」で、未だに更地の阿倍野を見て暮らす当時の担当者は、どんな気持ちがしてるだろうか。「始める」ことより「やめる」ことの方が、勇気がいることがある。
 私が「いいな」と思うものが、消えていくことは悲しい。でもそういうことは、昔からたくさんある。
[PR]
by bag-tentomusi | 2009-06-24 01:14

人生は楽しく、人はやさしく、世界は美しい

b0180333_23405463.jpg
 兵庫県上郡町で、古民家を再生させる作業のお手伝をさせてもらいに行く。
 江戸時代末期に建てられたという民家で、今はトタンが張られているけれど、昔は茅葺だったと思われる農家。20畳ほどの一間に、離れで台所と小部屋、浴室、物置が残されているけれども、ほとんど廃墟に近い状態だった。それでもコツコツと手を加えて、だいぶ綺麗になったのだと言う。
 山側と谷側にある引き戸を開けると、気持ちのよい風が吹き抜ける。谷側の縁側近くに寝転がって外を眺めると、田植えの終わった水田が美しい。山側は人家だけど、屋根と土地の勾配がうまく目隠しになって、これまた寝転がると気持ちが良い。
 屋根裏に上がると、立派に黒光りする梁が横たわり、急勾配の屋根は黒くなった木材が組まれて支えていて、藁が敷き詰められている。屋根裏には、古い文机や鏡台や奈良県の置き薬箱が残されていた。置き薬は「薬うつづ(右から読んで、「頭痛薬)」)と書かれていたりして、薬袋のデザインの素敵さににしばし興奮する。
b0180333_23411724.jpg この農家の持ち主の方は、今は関東にお住まいだそうで、「10年間は好きに使っていい」という約束をいただいてから、有志で少しずつ手を加えている。大工さんや工務店を営む方もいれば、古民家に興味のあるだけの人、建築史を研究されている大学の先生などもいて、「和歌山は梅雨の夜8時に白アリが大量発生する」という話などをしながら、のんびりと作業は進んで行った。
 今は、たくさん出てきた古材を再加工して「厠」を作っているところ。16歳から大工さんをしているという方に教えていただきながら「墨つけ」「ひかり」「刻み」「ほぞ穴つくり」などをした。ちなみに、墨つけは木材に印を付けていくこと。墨つぼと糸を使って印を打っていく様子は、見ていて感心するばかり。それからカンナで穴を開けたりして、木材と木材を組めるような凹凸を作っていく。
 私は、穴(「ほぞ穴」というらしい)を開ける作業をさせてもらったが、貫通させるのに3時間くらいかかった(プロは15分くらいで開けるらしい)。どことどこを組ませるのかという計算も私にはさっぱり分からなかったが、古い日本家屋がこうした緻密な計算と細かい膨大な作業で建てられてきたのだと思うと、感激する。
 大工さんの作業は、見ていて飽きなかった。「ここは、どうやったんですか?」「ん?だいたい」。「ここは、どれくらいですか?」「ん?だいたい」・・・(笑)。「だいたいでやった方が、いい仕事できたりするんやなー」とお仲間どうしで笑ってらっしゃって、職人さんってすごいなぁと、改めて思う。もちろん私は「だいたい」では出来ないので、ちゃんと教えてもらう。
b0180333_23415668.jpg 最近の木材は、きれいに製材されているけれど、昔の大工さんは「木は曲がってて当たり前」な感覚だったので、きちんと芯(中心線)をとって、そこから何センチという形で進めていったらしい。今は、ほぞ穴を開けたりするのも多くを機械に頼るし、「2×4」の家などは「組み立てる」感覚の方が大きく、こういった手作業をしたことがない大工さんも増えているのではないか、とのこと。「住む」という人生の基本の場所が、どんなふうに作られるのかを知ってしまうと、私は手仕事の家に住みたいなぁと思う。耐震性基準とか経費の問題で、伝統的な大工仕事はかなり厳しいようだが、(大工さんだけでなく)こんなすごい技術を持っている人が「食えない」社会って、どうなんだろうかと思ってしまう。もちろん、「よきもの」を残そうと頑張ってられる方が多くいるのだけれども。
 写真は「糸巻き」。たくさん転がっているのを一ついただいた。農業の合間に糸を紡いだのかな。江戸時代の末期から、どんな人がどんな暮らしを送ってきたのだろうか。
[PR]
by bag-tentomusi | 2009-06-21 23:59

新人さん

 仕事の研修会で、新卒の同業者に挨拶をされる。
 「何年、続けてられるんですか?」5年目だよ。「ええー!すごい!」すごくないよ。あっと言う間だよ。「えー。想像できないです。私、どん臭くて。毎日が恐いんですー」思いっきりやって失敗できるのは、今のうちだからね。楽しんだらいいよ。社会人も1年目なの?「社会人も1年目なんです。新卒で入られたんですか?」私は、前は違う仕事してたよ。「えぇぇー!カッコいい!」カッコよくないよ。そういう人、多いよ。
 とにかく、やたらとリアクションの大きい子だった。3ヶ月前に大学を卒業したところだそう。必死さが、初々しかった。昔の自分も、そうだったんだろうか。
 そうか。5年って、すごいんだな。

 写真は、友人が作った本。
 ロックは、やさしくないとできない。b0180333_233015100.jpg
 
[PR]
by bag-tentomusi | 2009-06-14 23:01

らいてうさん

 必要に迫られて「女性運動の歴史」みたいなのを、少し勉強中。
 『青鞜』の平塚らいてうさんが1914年、両親にあてた手紙で「実際、わたしには今のところ子供が欲しいとか、母になりたいとかいうような願いは殆どありませんし、彼も同様だと思います」と書いて、入籍による結婚と家制度を否定している。あの時代、すごいことだったんだと思う。らいてうさん、28歳のときの話。
 ところが彼女は、その翌年には友だちの伊藤野枝さんへの手紙で、「今が今まで自分の中には全くないものと信じきっていた子供に対する欲望や、母たらむとする欲望が実は自分の愛の中にも潜んでいるのである」と、あっさり認めてしまうのだ。「只他の欲望の大きいため、また多いがためそれに蔽ひ隠されて表面に現はれて来ないという迄で」。
 らいてうさん、他にも楽しいこと、たくさんあったんですね。でも、自分の中の別の欲望にも目覚めちゃったんですね。「がっかりだ」「それみたことか」両方向からの非難がきっとたくさん寄せられただろうけれど、私はらいてうさんは、とても可愛い人だったんだろうな、と思う。その頃のらいてうさんは、ビールをたくさん飲んだんだとか。
[PR]
by bag-tentomusi | 2009-06-11 22:09

小袖たち

 雨な一日。
 テレビで「ニュースステーション」を見てたら、天気予報のお姉さんが、「私は今日、美容院に行ったんですが、せっかくセットした髪の毛が広がってしまって困りました。明日も一日雨です」と言ってて、しばらくポカンとする。あんたが美容院へ行ったことを、わざわざ公共の電波を使って聞かされてもね。彼女の意図で言わされた言葉ではないかも知れないけど、「ニュースステーション」がそういうコメントを「庶民感覚」だと思ってるなら、なんか気持ち悪い。普通に、お天気だけ教えてくれたらいいし、「感じる」自由は私にください。
 ニュース番組のコメント過多は、すでに犯罪の域だと思う。そんな「既製品b0180333_0594490.jpg」はいらないです。
 
 大阪市立美術館で、少し前まで「小袖展」をしていた。ぜひ行きたいと思いながら最終日を迎えてしまい、仕事で美術館近くまで行くと言う同僚に頼み込んで、分厚いカタログだけでも購入してきてもらう。江戸時代の小袖や小物、ひな形(昔のファッションカタログみたいなもの)がたくさん載っていて、こいつと一緒だと2ヶ月は楽しく暮らせるだろうと思える代物。こういう本が手に入ると、それをじっくり眺めるだけのために、列車に乗ってどこかに行きたくなるが、今のところは叶いそうにないので自宅でちびちび眺める日々。
 現存する「ひな形」は白黒の印刷で、昔の人たちはそれを眺めながら職人さんと話をして、柄を決めていったんだろう。ひな形から想像する着物と、実際の出来上がりは(反物の時点と縫い上げた時点でも)かなり違っただろうし、注文から完成までも長い時間を費やしただろうから、それはそれは楽しい時間だったろうと想像する。
 小説『大草原の小さな家』シリーズの『大草原の小さな町』で、ローラと母さんが町で布を買ってきて、メアリーのよそいきのドレスを少しずつ縫い上げる日々が描かれている大好きな場面があるのだけれど、そんな時間が江戸の日常にもあふれてたんだろうと思うと、楽しい。
 「既製品」がまだなかった時代の庶民のお洒落は、たくさんの想像力と膨大な時間に彩られたものだったんだろうと思う。それは作る人との信頼関係の上で成り立つものでもあって、「いいもの着てますなぁ」とほめられたとしたら、「いい人と付き合ってますなぁ」「いい想像しましたなぁ」「いい時間を過ごしましたなぁ」という意味を含んだんだろうと考えると、なんかいいな、と思う。
[PR]
by bag-tentomusi | 2009-06-11 01:10

お豆さん

 空豆を買ってきて茹でる。
 空豆はさやに入ってたらやたらでかいくせに、食べられるところは目方の10分の1くらいになってしまうので、何てサービス精神に欠ける豆だろうと、いつも思う。お得感のかけらもありゃしない。けど、さやから出てきたときにちょっと照れくさそうだし、美味しいから、許す。淡路島で買った玉ねぎと一緒にオリーブオイルで炒めて塩でいただきました。
 空豆に限らず、お豆さんをさやから出す作業はとても好き。子どものころ、初夏にはご近所から大量のえんどう豆をいただくことがあって、ひとつひとつの豆を取り出すのは、私の仕事だった。私は、母親の料理は全然手伝わないのに、料理ができあがって行くのを台所の床に座って、じっと眺めているのが大好きな子どもだった。脇にかかえたボールに豆をカランカランと投入しながら、暑い夏の日の晩御飯を待っていた時間は、くすぐったい思い出。
 先日、姫路城が見えるところに暮らす友人宅で、空豆ご飯をご馳走になる。「子どもの頃、お母さんがご飯作るの見てるのが大好きだったんだよねー」とか言って、相変わらず手伝いもせずに後ろでゴロゴロ見ていたら、空豆の薄皮をむく仕事をもらった。友人は、びーびー言ってる私を一晩泊めてくれて、昼ご飯も晩ご飯も食べさせてくれた人。ほっこりした空豆ご飯と、自転車で送ってもらった夜風が、ありがたかった。
b0180333_2262242.jpg

[PR]
by bag-tentomusi | 2009-06-09 22:11

風のたより

 高校時代の友人から、すごく久しぶりに電話がかかってくる。「安否確認です」と。安否確認にしては久しぶりすぎて、そんなんじゃとっくにミイラになっていると思う。
 この前、母親に久々に会ったので、「(仕事辞めて)実家に帰ってもいい?」って弱音を吐いてみようかなー、なんてガラにもなく気弱に考えてたら、「弟が結婚して、実家の隣に家を建てる」という話で先をこされた。それから「あんたの方は、仕事どう?」って聞かれて、「え?そりゃーもー順調やで!」と答えてしまう。「あー、もう、実家にも帰れねーよー」って思ったって話で、おおいに盛り上がる。彼女も、状況としては同じような感じ。絵に描いたようなアラサーの会話で、切ないなぁ、うちら。
 交友関係においては、まったくマメさのない私なので、当然のようにお誘いも少ないのだけれど、なんとなく気持ちが滅入っているときは、SOSを出したわけでもないのに「そろそろ会わない?」みたいな連絡が急にどっと入ったりするので、不思議だなーと思う。
 昨日も、別の学校時代の友人と飲む。彼女らと飲むときの自分は、開けっぴろげすぎて自分でも笑える。ホタルイカの干物と鯵のへしこと日本酒が美味。
 もう一人も、これまたすごい久しぶりにどこかの国から帰ってきたと連絡がある。「会おう」と言うから連絡したら、「今、北海道にいるから無理」って(笑)!結局、どこの国に行っていたのかも不明なまま。
[PR]
by bag-tentomusi | 2009-06-08 00:03

ルビー色の

 b0180333_23165756.jpg
「30歳を記念して」とか言って、ブログを立ち上げてみたのに、全く更新せず。気がつけば、1ヶ月たとうとしており、危ない危ない。
 スーパーに、赤紫蘇がでまわっていたので、2束買ってきて、憧れの紫蘇ジュースを作る。
 紫蘇ジュースは、昨年に松江の小さい民宿に泊まったとき、おとうさんが「そういえば」と宿泊客に振舞ってくれて、私は初めてお目にかかった。それはそれは鮮やかなルビー色の、ままごとみたいな飲み物。「お姫様のジュース」って、何でか思った。その日の松江はすごく暑くて、近所の青年団がお囃子の練習をしているのが、聞こえてきていた。そんな日の夕食にいただいた「紫蘇ジュース」は、何だかロマンチックな夏の飲み物だったんです。
 そんなわけで、自宅でも紫蘇ジュース作りに挑戦してみる。それにしても「紫蘇ジュース」って名前がまた、都会的じゃなくていいなぁ。
 できあがったジュースは、冗談みたいにルビー色に輝いている。とりあえずはレシピどおりに作ったので、砂糖を大量投入して、甘すぎたのがやや難。松江の味は、こんな感じだったかなぁ。
 それにしても、大量にできてしまった。夏の間、毎日飲んでもなくならないかも知れない。憧れだった「お姫様ジュース」は、夏が終わるころには、顔も見たくないやつになってるかも知れない。それは哀しすぎる・・・。
 せっせとおすそ分けに努めよう。
[PR]
by bag-tentomusi | 2009-06-06 22:41


「知彩庵」より。日々の咀嚼と、紡ぐことば


by bag-tentomusi

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

b0180333_232545100.gif

外部リンク

以前の記事

2013年 11月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月

検索

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧